● 1929年 戸田芳鉄 日本郵船のポスター 精密レプリカ額入りジクレーアート
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額縁・マットの色をプルダウンにてお選びください
送料無料。お届けはご注文後約7日です。価格にはアートプリントとマット・額縁、全て含まれます
作者名 :戸田芳鉄
製作年 :1829
額縁・マット : 木製カマボコ型=12mm、t=1.5mmx2枚ダブルマット、前面1.8mm厚UVカットアクリル(クラレ・コモグラス)
額縁とマット色をお選びいただけます
・黒艶消し額縁 X ブラウン/ライトベージュ・ダブルマット
・白ツヤ額縁 X ネイビー/ライトブルー・ダブルマット
額縁サイズ : 410mm x 525mm
作品サイズ : 272mm x 407mm (内側マット抜きサイズ、表側オーバーマット抜きは282 x 417mm)
当商品は伊勢和紙に顔料インクを用いたアートプリントを国産材料で額装したものです。奥行きを持たせる濃淡色二重のダブルマット仕様です。伊勢和紙は伊勢神宮の奉書紙として漉かれ全国の神宮大麻に使用されています。インクジェットに意欲的で、伊勢和紙アート紙は新たな表現材料として世界中のアーティストに使用されています。マーメード紙程度の表面テクスチャーによる風合いが楽しめ、無酸性紙に顔料の組合せはリトグラフやシルクスクリーンに比べ格段の保存性を持ち、数十年単位の鑑賞に耐えます。画像データに傷や劣化の補修、彩度などの可塑修正を施し、テストプリントを繰り返し微調整して仕上げています
● 1929年 戸田芳鉄 日本郵船のポスター
英国にクイーンメリー、フランスにノルマンディーがあったように、戦前日本客船の代表は浅間丸でした。日本郵船の太平洋航路開設は最初、グレートノーザン鉄道のオファーを受けてシアトル線となりましたが、稀代の実業家浅野総一郎率いる東洋汽船は1899年、パシフィックメールとの共同運航を纏め上げ太平洋航路の花形だったサンフランシスコ線を開設しました。東洋汽船は天洋丸級貨客船で太平洋航路をリードしたものの、サンフランシスコ線依存の経営は行き詰まり、1926年に日本郵船に吸収合併されることになります。しかし、サンフランシスコ線を引き受けた日本郵船ながら・・・競争力の衰えた天洋丸級ではパシフィックメールやカナディアンパシフィックの攻勢に太刀打ちできないと判断、結局世界規模での船腹更新を決断、シアトル航路に氷川丸級3隻、欧州航路に靖国丸級2隻、南米航路に平洋丸、そしてサンフランシスコ航路に浅間丸、龍田丸、秩父丸の浅間丸級3隻、一気に9隻の新船を就役させました。厳密な規定はありませんが、日本郵船社内の船種区分で浅間丸級は貨客船ではなく客船(純客船)とされ、後年の飛鳥以前では浅間丸級3隻のみが船種区分上の客船でした。
1929年頃製作の日本郵船ポスター、デザインは戸田芳鉄です。戸田は東京美術学校図案科(東京芸大)を卒業後、日本郵船に在籍してポスターやカレンダー、ブローシャーなどを手がけました。このポスターは、戦前の日本郵船のポスターとしては欧米で最も引用が多くリプリントが無数に製作されており、オリジナルもアメリカに多数残されています。リプリントものでは下部の“N.Y.K. Line”の文字の色がまちまちですが、複数の版が使用されたとは考えにくいのでオリジナルの経年変化をリプリント版製作時に彩度調整した際に変色したものと考えられ、商品ようなブルーグレイが正解です。右下地球儀の中には二本ファンネルの浅間丸のイラストが描かれています。サインは「Yoshi」となっています
・ 雑感
世界的には最も有名な日本郵船のポスターといえるでしょう。1930年前後には、里見宗次も日本郵船のポスターを描き、欧米のアールデコポスターに劣らないものが制作されたにも関わらず、やはり欧米人にとって「日本」のイメージがピンとくるのは、浮世絵的なものなのだと考えられます (T.O.)
【Maritime Gallery Ocean-Note】
● ジクレーアートプリント・客船 LL/Poster Ocean Liner INDEX
※ポスター画像をクリックしていただくと詳細ページへ移動します
納入事例
客船ポスター四方海話
船と港のエッセイ 1
船と港のエッセイ 2
【Maritime Gallery Ocean-Note】