● 1955年 フレンチライン100周年・雑誌広告レプリカ 額入りジクレーアート
≪1855-1955, CIE GLE Transatlantoque≫
額縁・マットの色をプルダウンにてお選びください
送料無料。お届けはご注文後約7日です。価格にはアートプリントとマット・額縁、全て含まれます
作者名 :anonymous
製作年 :1955
額縁・マット : 木製カマボコ型=12mm、t=1.5mmx2枚ダブルマット、前面1.8mm厚UVカットアクリル(クラレ・コモグラス)
額縁とマット色をお選びいただけます
・黒艶消し額縁 X ブラウン/ライトベージュ・ダブルマット
・白ツヤ額縁 X ネイビー/ライトブルー・ダブルマット
額縁サイズ : 410mm x 525mm
作品サイズ : 272mm x 407mm (内側マット抜きサイズ、表側オーバーマット抜きは282 x 417mm)
当商品は伊勢和紙に顔料インクを用いたアートプリントを国産材料で額装したものです。奥行きを持たせる濃淡色二重のダブルマット仕様です。伊勢和紙は伊勢神宮の奉書紙として漉かれ全国の神宮大麻に使用されています。インクジェットに意欲的で、伊勢和紙アート紙は新たな表現材料として世界中のアーティストに使用されています。マーメード紙程度の表面テクスチャーによる風合いが楽しめ、無酸性紙に顔料の組合せはリトグラフやシルクスクリーンに比べ格段の保存性を持ち、数十年単位の鑑賞に耐えます。画像データに傷や劣化の補修、彩度などの可塑修正を施し、テストプリントを繰り返し微調整して仕上げています
● 1955年 フレンチライン100周年・雑誌広告
Compagnie G?n?rale Transatlantique、通称 C.G.T. French Line =フレンチラインは1855年に創業されました。初期の経営に失敗、英国キュナードを見習って仏政府との郵便輸送契約を1861年に締結してスタートラインにつきます。その社名のままに大西洋横断航路を専業にした訳ではなく、航路は北大西洋から地中海、南大西洋に及び、当時はナポレオン3世によるメキシコ出兵によってメキシコ航路が最も利益をもたらしたと記録されています。第二次大戦終結以後、有史以来最も長い大国間無戦争時代が続いていますが、20世紀半ば以降は国境変更や領土拡大、国家体制変更には国際的相互監視が行き届いており、目に見えるような国情変化は考えにくくなっています。しかし、大航海時代以降20世紀前半まで世界は良くも悪くも常に動いており、その繁栄は海を制するか否かにかかっていたと言っても過言ではありませんでした。
古くはスペイン、ポルトガル、オランダ、これに代わってイギリス、フランス、ドイツ・・・といったように、海を制しては国際政治で権謀の限りを尽くして領土を拡大、航路の隆盛は母国の領土拡大と軌を一にしていました。フランスは現在、EEZ排他的経済水域でアメリカに次いで世界第二位、その礎となったのは19世紀後半から第一次大戦前までの領土獲得、1914年のフランス帝国の領土面積は英露に次いで世界第三位でした。船会社の盛衰も海外領土獲得・維持と表裏一体で、大英帝国を支えたのは航路であり、蒸気船時代の到来以降は東行きのP&O、西行きのキュナードが仕事を綺麗に分担していました。フランスでこれに当たるのはメサジェリ・マリティーム(フランス郵船)とフレンチラインでしたが、大英帝国程には綺麗に役割分担がされておらす、アフリカ航路などでは競合も見られました。フレンチラインが、この広告の打たれた1955年当時を含む20世紀中盤以前、自他共に共有するイメージの「フレンチライン」になったのは19世紀末のことです。当時、すでに北大西洋航路では華やかなスピード競争が繰り広げられており、フレンチラインは英国のホワイトスター、キュナード、ドイツの北ドイツロイドと渡り合うための蒸気船を次々と就役させますが、19世紀当時のフランスの技術は英独に劣り、速度も大きさも2世代遅れでした。転機は1912年に就役させた初代客船フランスによって訪れます。英独と張り合ったところで勝ち目がないと見たものか、速度こそ24ノットながら(それでも高速船の部類で、同時代のオリンピック級やハパグの三巨船を上回り、技術が急速に追いついています)、どの船会社にも真似のできない豪華な船内を創り上げ「大西洋のベルサイユ」の異名をとったといいます。これが愛国心に火をつけたものか、第一次世界大戦前の不穏な情勢の中「せめて郵便輸送は自国船でまかなうべし」の世論の大合唱も味方し、フランス政府はフレンチラインに対し、北大西洋航路船腹整備のための資金を支出することとし、郵便輸送契約と1931年までに5年ごとに新船を就役させることを命じます。大戦で計画は遅れるものの、これが客船パリ、客船イル・ド・フランス、客船ノルマンディーの建造であり、一般にイメージするところのフレンチラインとなって行くことになります。
本作イラストでは、北大西洋の華となった名船達のイメージは全く描かれていません。背景地図は右が欧州、左が北米なので大西洋を描いていることになりますが、北大西洋のみをクローズアップしている訳でもありません。思うに・・・1950年代に入りインドシナ戦争、アルジェリア戦争とフランス帝国は崩壊しつつありました。1953年にはオリオール大統領をして演説にて「私は風前の灯の国家の惨めな長であると感じている」と言わせたほどです。1955年は、まさにその泥沼の最中にあり、極論すれば、両大戦の唯一の勝利者となり繁栄を謳歌する米国人の遊び船が行き来し、かつての敵国のドイツから得た客船を旗艦扱いに頂く北大西洋航路をここに顕し、100周年を祝うような国情にはなかったのではないでしょうか。フランスがかつての栄光を取り戻す努力に邁進するのは、1958年にシャルル・ドゴールが大統領になってからのこと、ドゴールの個人事業とまで言われた客船フランスの建造に着手して、ノルマンディーで得た名声の復活を取り戻すと高らかに宣言してからのことです
・ 雑感
花形事業の北大西洋航路の客船運航を停止した後も、実は海洋国家たるフランスの海運業は世界有数のシェアを誇っており、フレンチラインもその重要な源流船社として名を残しています。客船事業から撤退した後、フレンチラインとフランス郵船は合併してCGMとなり、地中海内航のCMAと再合併、欧州の船会社のいくつかも吸収合併して、世界有数の海運会社CMA CGMを形成します。CMA CGM社は設立以来今日まで海運業世界第3位のランキングを維持しています (T.O.)
【Maritime Gallery Ocean-Note】
● ジクレーアートプリント・客船 LL/Poster Ocean Liner INDEX
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納入事例
客船ポスター四方海話
船と港のエッセイ 1
船と港のエッセイ 2
【Maritime Gallery Ocean-Note】