22. クレイタウンのタイタニック
クレイタウンという米・フロリダの会社のタイタニックの模型である。もう十年以上前に世界中で販売されたものだが、さすがに今は少なくて価格は大したことはないものの入手が難しい。価格は当時19.99ドル、スケールは何とも中途半端な1/1136というもの。船の模型で小さなものは1/1250がスタンダードだから何を根拠に1/1136だかわからない。この模型は簡単に言えばマッチボックスやトミカのようなミニカーのような作り方で、合金やポリレジン製のソリッドモデルではないのだがとにかく良くできている。はっきり言えば、単純な鑑賞目的なら数万円出して買う1/1250の模型なんかよりずっと出来が良いと思う。
タイタニックは再来年で就航・沈没100年を迎える。話題も次第に多くなってきた。個人的には有史上の十大事件に入る事柄と思っているし、日本ではあの映画による一過性の慰みだったのだろうが欧米ではもっと深い部分で関心を持たれているから未だに話題も多い。タイタニックが未だに人を惹きつける力は、チープな模型でもほれぼれする美しいアーキテクチャーデザインだろう。
9月24日にはとんでもないニュースが飛び込んできた。タイタニックの二等航海士チャールズ・ライトラーの孫にあたるルイーズ・パッテン女史が氷山発見後の操船ミスがタイタニック沈没の原因だったと英デイリー・テレグラフのインタビューで語ったのである。見張り員だったフレデリック・フリートがタイタニックの前方正面やや右寄りに氷山を発見、一等航海士のウィリアム・マードックは「Hard a starboard!」と操舵を指示する。操舵員のロバート・ヒッチェンスは操舵輪を左方向に回すところを間違えて右方向に回してしまった!と言うのである。starboardは右舷を意味するので、操舵員が不可思議にも指示通り右舷方向・氷山側に向かって舵を切って氷山に向かったのは指示通りと思ったら大間違いで、タイタニックは古いティラーオーダーズ方式で運用されていたから舵輪とは逆に動く舵板・舵柄の向きが命令になる。操舵員は「Hard a starboard!」の命令に対して左に舵輪を回し船を左舷向きに転舵させなければいけなかったのである。当時は、国によって「Hard a starboard」と「Hard a port」の右舷方向・左舷方向転舵の意味がマチマチで国際的に統一されるのは1931年のことである。それ以降であればタイタニックの氷山発見時の転舵命令は「Hard a port!」になる。このミスの原因はロバート・ヒッチェンスがラダーオーダーズの操船に慣れていたからだという。98年目にして、もしこれが本当の話ならばあまりにも話が単純だ。僕もタイタニックのことは随分調べていて、尤も参考になり、かつ海外の文献と比べて遜色のない元大阪大学工学部講師の塙友雄先生の論文「随筆タイタニック」(関西造船協会誌らん、平成11年発行・第42号)は秀逸の文献と思っていたけれど、塙先生の論文を含め、やれ「タイタニックは舵の効きが悪かった」だの「減速したから舵が効かなかった」だの・・・全てちゃぶ台返しになってしまう告白である。さらに、氷山衝突後に停船しなければ浸水がもっと緩やかで。救助に向かってきたカルパチア号とも早く出会えた筈と停船を否定する論議が大勢だが、実は船主であるブルース・イズメイの航海継続の要求で約10分間停船しなかったことが浸水を早めてしまったというのである。驚きの新証言、今後の検証が待たれる。
再来年はタイタニックのメモリアルクルーズも企画されている。タイタニックと同じ1309名の乗客を乗せてほぼ同じ航路を辿るそうだ。12日間、最上級スイートで100万円弱(タイタニックの一等は現在の貨幣価値で500万円也)はお金持ちの方にはお手頃かもしれない。ちなみに1309名分、既にSold Outだとか。CNNによれば、こういった企画にタイタニックのご遺族からは非難の声もあがっていると伝えている。尤も、メモリアルクルーズにはご遺族の方々からの予約も多かったとか。
あの映画タイタニックで、年老いた方のローズを演じた女優グロリア・スチュアートさんが9月26日にロサンゼルスの自宅で逝去、享年100才だった。映画といえば、タイタニックの船上での一等船客の最初の食事(昼食)のシーン、キャル(キャルドン・ホックリー=ローズの婚約者)が羊=ラムを注文する。続けて「ミートソースを」と言うのだが、僕はずっとこのセリフが不思議で仕方無かった。肉にミートソースというのは変だし、偏執狂のジェームズ・キャメロン監督も所詮アメリカ大陸の人か・・・などと思っていたら「ミントソース」の間違いだった。これは新たな事実とは言えないながら、物事は反芻を繰り返して理解が深まるものである。(2010,10,22初稿、2015年加筆)