37. タイタニックの床
お門違いの調べごとで客船タイタニックの船名を見かけた。少々傷んできた中野の実家の改装工事をあれこれとやっているのだが、共用部の床の材料選びが難航している。いくらか外部の人が出入りする場所なのだが、怪しからん人も居るのでタバコの焼け焦げに強いものが必要なのだ。喫煙率は年々下がって、昭和40年頃は50%弱くらいが今や20%ほどなので、以前ほど気に掛けることはないのだろうが、普通のCFシートでは一旦タバコで焦げると醜いのは永遠にそのままだからだ。僕は学生時代、現場の床仕上げのアルバイトをやっていたことがあり、実は床材には少々うるさい。組下仕事で、床貼り下請けの下で現場引き渡し用の仕上げのワックス掛けの仕事だった。就職してサラリーマン時代は輸入家具のセールスが長かったし、色々な打ち合わせでは家具のコーディネートの関係で内装仕上げには関わらざるを得ないし、内装工事の仕事自体を請け負うこともたまにあった。この辺を割と苦も無くこなすことができたのは、現場仕事でいろいろな職人さんと関わってその仕事をこの目で見てきた経験が大きい。本を読むより現場に一週間もいれば自然といろんなことが覚えられる。
それはそれとして、この手でクリーニング・ワックス掛けをしたからどんな材料が一番宜しいかは自ずと叩き込まれている。今時Pタイルなんかは使わないが、塩ビ系のCFシートで柔らかいのはだめだ。ロンリウムとかかっこよく呼んでみたところでヤワな安物は良くない。もっともカチンカチンに樹脂ワックスをかければかなりタバコにも対抗できる。(先日、これも調べごとをしていたら、米国のジョンソン社のワックスも日本では流通がか細くなっていて、床に掛けるのは大変な力仕事になるが最強だ! と舌を巻いた樹脂ワックスの「赤缶」やら「黒缶」は手に入らないようだ) 本家リノリウムも汚れには弱い。床を貼ってすぐに良いワックスを掛ければ良いが、その前に汚れると染み込んでしまう。いろんな現場のいろんな床材の思い出があるが、これはいいなあ・・・と思ったのは米国のアームストロング社の床材である。商品名はいろいろあるようだが、僕らの間では「アームストロング」である。今でもベストセラーの「ニューテッセラコーロン」という石目モザイクのものが特に宜しかったし、実家の床と階段もこれにしようと思っている。現場にも怪しからん輩はいるもので、CFシートにタバコを落とされたら、どんなに頑張っても手におえない。リノリュームだってシミは落とせない。ところがアームストロングは固くて密度が高く、左官屋さんが少々モルタルを落としたって結構簡単にとれる。金太郎飴のように裏まで柄が貫通しているから、どうしても取れない汚れでも、いくらか表面を削ることだってできる。つまり・・・現場の引き渡し仕上げも楽だし、綺麗なのである。しかしながら・・・値段もピカイチ、硬いから貼るのも手間である。高価であるがゆえに特殊な材料であることは確かで(とは言っても、いわゆる本物のリノリウムの一種で98%天然素材である!)、今回一緒に仕事をやっている工務店さんでは扱ったことがないという。で、調べれば高名な米国デュポンの人造大理石「コーリアン」のABC商会さんの扱いである。早速、親方にこのこと伝えた次第だが・・・
ABC商会のアームストロングの紹介に面白い記述を見つけた。天然素材由来のリノリウムという新素材は19世紀中ごろに英国で開発されたのだそうだが、米国アームストロング社がリノリウムの長物(いわゆる長尺シート材料)を商品化したのは1909年のことだそうで、あのタイタニックにはアームストロングのリノリウムが数百本積まれていたそうだ。そこにタイタニックの床材に使用されたと明記されてはいないが、英国から出航するタイタニックがわざわざ米国のアームストロングを積んでいるのは変だし、これは恐らく床に使用されていたということなのだろう。デッキはチーク、高級な公室や船室はカーペットだろうから、それ以外のところに使用されていたのだろう。リノリウムは一般に防火性も高く燃えないため有害な煙も出ないから正解である。時間がやや下るが、キュナードの客船、初代クイーンメリーには、思いのほかプラスチック素材が多用されているという。現代の価値観からすればプラスチックはチープな素材となるが、当時は高価な新素材だったのだそうだ。タイタニックにも使用されたと推測されるアームストロングは今でも高級だが、当時も豪華で贅沢な材料だったのだろう。
床のロンリウムといえば・・・今日はまた大雪で、これまた湿った雪で始末に負えず、使い古してほったらかしになっていた磯釣り用のスパイクブーツを引っ張り出した。うっかり仕事場のたたきに上がったらすっかりロンリウムを傷めてしまった。そう言えば東海汽船では当然のように磯釣りの乗船客が多いのだが、床が傷むので船内ではスパイクシューズご法度だったなあ・・・(2014,02,15初稿、2015年加筆)